【湖西線】【駅周辺探索】新旭駅
・針江浜遺跡(はりえはまいせき)
針江浜遺跡は、弥生時代後期から古墳時代にかけての湖底に存在する遺跡である。針江浜海水浴場では、モミの付着痕のある土器が出土しており、遺跡の広がりは砂浜から沖合約100メートルに及んでいる。
本遺跡の性格は、北に存在する森浜遺跡が古代の港津跡(こうしんあと)と推定されていることから、この港津と関連のある古代の集落跡といえよう。

・吉武城跡(よしたけじょうあと)
明治六年の地籍図によると、城の中心地(現在地)は、幅約五mの水路によって琵琶湖とつながっていました。また、周辺には「城下」「吉武」「裏門」「舟道」「牛ノ馬場」の地名が残っています。
発掘調査では、堀・塀・掘立柱建物・土坑とともに十六世紀後半の土器や木製品が見つかっています。また、礎石と考えられる石材や板碑・五輪塔が出土しました。出土した石材には、火を受けたあとが認められています。
元亀三年(一五七二)に織田信長の命により、明智光秀は高島郡を攻撃し「高島の逢庭(饗庭)三坊の城下まで放火し、敵城三箇所落去した」と報告しています。焼痕のある石材の出土は、この光秀との戦いを推測する資料として注目されます。














